歯科医院経営者レポート2009年2月号
有徳商法こそ 発展の基礎
有徳商法こそ 発展の基礎
【高い所に登ったら恐れよ、水に入っても濡れるな、火に入っても熱くなるな】、と説いたのは春秋戦国時代(現代社会)の荘子(紀元前369~286年)。
高い所とは功名とか地位名誉をいい、名利を得て得意絶頂になっていると、必ず反動があり晩節を汚す要因になるという意。水に入っても濡れるなとは、艱難といった過酷な運命に遭遇しても、右往左往せず泰然として道(医道)を深めていけば、やがて好転してくるという意。火に入っても熱くなるなとは、順境経営や隆盛がもたらされたとしても、それ以上の利欲に目が眩み燃え盛ってはいけないという意。物事には全て善悪が混在するものであり、常にその事を念頭に前向きに生きよ、という教訓。
☆道徳無き経営は必ず破綻する
善悪の欲望を貪って生きるのは、人間の宿命ともいえるが、目の前に飴やニンジンといった利をぶら下げられれば、理性が感情に支配されついつい貪ろうとする。たとえそれが非常識なことであってもパクつく。人間の本質は我欲・利欲に押し流され易いという特徴があり、禽獣は満腹になれば目の前にエサがあっても食べようとはしないが、人間の性質は飽くなき利を貪ることを根底にしており、市場経済も利欲を貪ることを根底に成り立っている。バブル経済は紀元前から引き起こされているように、人間の欲望の蠢く市場経済は常にバブルの志向を持ち、あるいは利益の最大化を求めるが故に必然的にバブルを醸成する。バブルを発生させないためには、何らかの歯止めを必要とする。
利欲の権化を表現するサブプライム問題等で世界的規模で金融・経済の大恐慌が引き起こされようとしている。我欲を貪ることに熱中し過ぎ、利を得るにしても倫理・道徳を見失うと、このような失態を招くということを教訓としなければならない。経済も経営も、そして人性の根本原理も同様であり、道徳無き悪徳商法は経営を破綻させ、人性を破滅に追い込むということを学ばなければならない。利は義(人としての正しい道)の後にもたらされる、すなわち義利によって社会的に有意義なものとして活用されるが、利己主義の私利私欲に走ればその利は義を見失い、自分さえ利を得られれば良いということになる。しかし、それでは社会は成り立たない。義は道徳(仁・義・礼・智・信)の中の重要な徳目の一つで、義を失して仁(他人への思いやり)は成り立たないし、経営上とても大切な消費者(患者)や取引企業からの信頼や信用が得られなくなる。義が欠如した智恵は社会的に悪智恵であり泥棒稼業のようなもの。悪銭身に付かずで社会貢献には結びつかない。常識的に考えれば分かりそうなものだが、欲望を貪る人間の性質がそれをねじ曲げる。
近代経済の中興の祖といわれた渋沢栄一翁(1840~1931年)は【経済と道徳の合一論】を説き、又、経営の神様・松下幸之助翁(1894~1989 年)は【道徳は実利に結びつく】と述べ、再生ビジネスの元祖といわれる二宮尊徳翁(1787~1856年)は【道徳無き経済は犯罪であり、経済無き道徳は寝言である】と述べているように、経済と道徳は表裏一体の関係でなければならないことを実務家の賢人が語っている。
(以下略)

